銀の風

二章・惑える五英雄
―17話・不可視可視―



どう見ても、意味がないとしか思えない白紙の数ページ。
ぱらぱらめくってみたり、角度を変えて眺めてみても何もない。
「何やこれ〜??」
フィアスが、首をひねるリュフタの真似をして本を覗き込む。
「何だろーね〜?」
アルテマやリトラも考え込む。
こんな物、絵本でなくても見たことがない。
ノートや手帳の類ではあるまいし。
「ん〜、ここに何か書き込んで使うとか……?」
アルテマが、真顔で呟いた。
「あ、実はこれレモン汁で書いてあってよ〜。
あぶったら出てくるんじゃねーの?!」
本気か冗談か知れないが、リトラが馬鹿なことを言い出す始末。
「んなわけないやろー!」
どこから取り出したのか、
ハリセンでリトラの頭を引っぱたいた。
その様子を、呆れたようにルージュが横目で見ている。
「これだから、無知なやつは……。」
そう言って、わざとらしく大きなため息をつく。
「何さ、わかんないもんはしょうがないじゃん!」
キッとアルテマがにらみつけるが、ルージュは涼しい顔だ。
と、仕事をあらかた片付けたジョセフがやってきた。
「お前ら、この白紙の仕掛け見てぇか?」
こくりと、ルージュを除いた皆がうなづく。
ジョセフは、にやりと笑ってから魔法を唱え始めた。
「サンダーっと。」
精神集中なしの上、詠唱さえも飛ばしたサンダーは、
お世辞にも魔法といえる威力ではない。
本の白紙の上で、少しばかり大きめの火花が散っただけだ。
だが、火花が散った後に白紙だったページに変化が起きた。
にじんだような文字や絵が浮かび始め、
徐々にはっきりと形を成していく。
やがて全てのページが、
たった今書かれたかのように鮮やかに蘇った。
「はぁ〜、これはすごいなぁ。」
驚いて、目を見張る面々。
変化が無いのは、ルージュとジョセフくらいである。
「ふんふん……おっちゃん、これ魔法食らわせると字が浮かぶのか?」
リトラが、リュフタが渡した絵本をぱらぱらとめくる。
一応読めるのか、途切れ途切れに何か呟いている。
「おうよ。こいつは、特別なインクで書いてあってなぁ。
普通に読めるところには、のっけられねえ事が書いてあるんだぜ。
ま、大概の奴は気がつかねえけどなぁ。」
マジックアイテムを扱う店に行けば、こんなものも置いてあるのだろう。
非常に高価だと思われるが。
「貸しな。俺が読んでやる。」
リトラの手からさっと本を奪う。
今度は、リュフタに代わってルージュが読む事になった。

本文中の人物詳細・及び時代と文明の背景の項

導師
名を、サリア=ライージャと言う。
中流階級の生まれで、近くに住んでいた魔道士から魔法を学び、頭角を現す。
古魔法の回復や補助の系統と、白魔法を得意としていた。
追放後すぐに、長老の差し金により娘もろとも洞窟に火を放たれ焼死。
推定享年は25歳前後と見られる。

男(魔神)
邪神の一人、魔神・ガルディルヴィス。
創世記より居ると言われ、あらゆる世界に魔力を満たし、
神々の力を行使するために適切な環境を作り上げた。
魔力、及び魔法を司る神である。
至高神に対し、その他の邪神と共に天界からの離脱を望み、
それが元で天魔対戦を引き起こした。

長老
当時の魔法国家・ルベルスフィート神聖国の長。
魔神に歯向かったばかりに、愛する故国の首都を滅亡に追い込む。


導師と魔神の間に生まれた女児。
生まれて幾ばくも無かったが、強大な力をすでに持っていた。
母と共に追放後、消息不明とされるが……。

ルベルスフィート神聖国
古魔法と、建国当時他種族から伝わった白・黒魔法の研究が盛んだった国家。
とはいえ、国民の過半数は魔法も文字も使えない。
魔法を使っていたのは、本文にもあるとおり上流階級の男子が主。
よって、サリアのように中流階級のものが魔道士になるのは特例である。
また、魔道士の身分は高く、貴族と同等であった。
これは、当時は特筆すべき才能とも言える読み書きをこなせるためだ。
中でも長老を初めとする上級の魔道士は、神殿で神の言葉を受け、それを元に民を導いていた。
建国は5700〜5850年ほど前と推定されている。
滅亡は、5000年ほど前。しかし、文献はあまり残っていない。

当時の世界
古代国家が次々に誕生、衰退していた頃。いわゆる全盛期の辺りである。
その中でも、ルベルスフィート神聖国があったのは前期の方だ。
この頃は国家間の小競り合いも多く、
特に現バロンや現トロイアの辺りは争いが絶えなかった。
また、まだ白・黒魔法よりも古魔法が多く使われていたと文献に残っている。
医療・農業の発達の関係上、男女問わず平均年齢は現在よりも短かった。
今と同じく、女性が出産で命を落とすことも珍しくは無かった。
一方の男性は、戦争で負った傷により命を落とすことが多かった。
さらに、魔物による被害も現在とほぼ同水準である。

ざっと、ルージュが2ページ分ほど読み上げた。
まだ幾ページも残っているが、後は学術的なもので相当に難しい。
絵本の体裁をとっていながら、描写が細かいのはそのせいだったのだろうか。
「これさぁ、学者用なの?難しくって、つまんないんだけど。」
アルテマが、くしゃくしゃと前髪をかきむしる。
「ぼく、さいしょっからぜんぜんわかんなかったよ〜……。」
自分で選んだ本だが、本文からしてちんぷんかんぷんだったらしい。
眠そうに目をこすっている。
「だっせー。」
そこに、リトラがあんまりなセリフを投げかけた。
フィアスが途端にいじける。
「む〜……だってわかんないんだもん。」
ぷーっと風船のように頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
幼子に、あの内容を理解するのは至難の業だろう。
本文でさえ、概ねの話の筋が子供向けだったとしても、言葉が難しすぎる。
読めないほうが当たり前だ。
「リトラはん、そないにいじめたらあかんで!」
リュフタに一括されるも、右の耳から左の耳。全く聞いていない。
「まーまー落ち着けって。
ところでお前さんたち、この話に出てきた導師の娘だけどなぁ……。」
ジョセフが、かがんで声を潜めた。
いわゆる、「大きな声で言えない事」でも言うつもりなんだろうか
「え、もしかして生きてるとか……?」
アルテマが、引きつった表情で呟いた。
何か、嫌なものでも想像しているのだろうか。
不思議そうに、フィアスとリュフタが覗き込んでいる。
「お、勘がいいじゃねえか嬢ちゃん。そう、その通りさ!
い・き・て・ん・だ・よ。」
『え……?!』
ルージュを除いた全員の顔色が青くなる。
「げ……てことはすっげぇババア?!」
リトラが、禁断の一言を発してしまった。
それに反応して、アルテマの顔が青を通り越して白っぽくなった。
「げぇぇぇ!あんた、言わないでよ!!
あたしさっきそれ想像しちゃったんだから!!!」
アルテマが大暴れしかねない勢いで腕を振り回す。
ルージュは、それを遠巻きに見ていた。
「じゃあ、なんで生きてるの……?
どうやったの?魔女なの?!」
フィアスの脳裏には、当然の如く絵本に出てくる老魔女の姿があった。
大釜にピンクの怪しい液体を満たして、不気味に笑う顔が。
「魔女なんだから、若返りの薬とか使ったんじゃないの?!
何十回も何百回も!!」
すでにフィアスとアルテマは暴走していた。
本には、導師の娘が魔女だとは一言も書いていないのに、勝手に魔女になっている。
理由の程は定かではないが。
「だーっはっはっは!!!」
ジョセフが、腹抱えて大笑いしている。
余程おかしいのか、腹を押さえながら体を二つに割り、さらに床をバンバン叩いている。
二人、いや三人とも、かなり馬鹿にされているらしい。
「ばーか、そんなに何回も若返りの薬は作れねーよ!
あれ、材料滅多に取れねえって噂だぜ!」
いつの間にか、論点がずれてきている。
「えー?!じゃあ、どうやって??」
フィアスが、本気でおろおろしていた。
「……・ι」
リュフタが、顔を引きつらせながらそれを聞いている。
つっこもうかつっこむまいか、悩んでいるのか。
「馬鹿かお前ら。神の娘と、普通の生き物と一緒にするんじゃねえよ。」
あまりにあほらしい論議にいい加減あきれ果てたのか、
とうとうルージュがつっこみを入れた。
「あー、そういやそうだった!」
今頃気がついたリトラが、ショックを受けたように頭を抱えている。
「え?そうなの??」
目をまん丸にして、心底驚いたようにフィアスがルージュを見ている。
こちらは、知っていないだけ余計悪い。アルテマも同様だ。
ジョセフの笑いも、呼吸困難を起こしかけた程度で収まった。
「た、頼むから俺を笑い死にさせねぇでくれよ……。ぷくくくく……。」
まだ、余波が残っているらしい。
「おっさん、いい加減笑うのやめろよな……。」
呆れ半分にそう言われても、急に止められるものではない。
それでも、だんだんジョセフの笑いは静まっていった。
峠を越したらしい。
「ともかく、導師の娘は若返りの薬なしで今も生きてる。
神とか、それが親に居る奴は、一定の年になるとそれ以上は老けないからな。
まあ、その一定の年は個体差ありだが。」
神やそれに準じる者、あるいは親にその種が居る場合、
それ以上老けなくなるその年は「絶対年齢」とよばれる。
これには個人差があり、幼いうちに止まるものも居れば、
至高神のように老齢で止まっていることもある。
おおよそは、10代後半から3、40代ほどで収まるようだが。
「っと、話がそれたが……俺が話しておこうと思っているのは、そいつの居場所だ。」

「へ〜、お前物知りだな。やっぱドラゴンだ。」
リトラが、珍しく心底感心した様子を見せる。
あまり珍しいので、リュフタはこっそり我が目を疑った。
「どうも。で、肝心のその娘の居所なんだが……。
おいおっさん、ミシディアの地図貸してくれ。」
ジョセフが、無言で巻物状になっている地図をほうって来た。
それを受け取ると、床にさっと広げる。
ミシディアの大陸が、おおよその地形まで描かれている一品だ。
東の方には、堂々たる迫力の試練の山が描かれていた。
「この馬鹿でかい山が試練の山だ。
で、このふもと近くにある洞窟……これが、魔界につながる洞窟のある場所だ。
ここには、強大な魔力に闇の力と瘴気が渦巻いている。
つまりこれは、魔神の縁者って事だ。」
瘴気の存在。それはそこに闇の住人の影があるということだ。
「ふーん……で、それが何で分かるの?
もしかしたら、親父の魔神かもしれないじゃないの。」
アルテマの言葉に、リトラとルージュが二人揃って呆れはてた視線をよこす。
彼ら魔道士にとってみれば、気づかない方がおかしいことなのだろう。
「お前な〜、普通の神様は地界にはいねーぞ。」
当たり前のように言われても、地界と人界が一緒ということすらうろ覚えのアルテマには分からない。
ただ、馬鹿にされたという事実に腹を立てるだけで。
「あんたらと一緒にすんじゃないよ!!」
バンッと大きな音を立てて床を思いっきり叩く。
傍にいたフィアスが、驚いて飛び上がった。
「おいおい嬢ちゃん、店の床壊す真似はよしてくれよ〜。」
ジョセフが思わず苦笑する。
もっとも、彼の場合本当に壊したら賠償してもらうつもりだが。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて謝り、地図に目線を戻す。
静かになったところを見計らって、ルージュが再び口を開いた。
「……で、この強大な力が渦巻く洞窟に魔神の娘が居るわけだが。
まず、この女の噂は評価が真っ二つに割れてる。まあ、これくらいは普通だがな。」
そういって、彼は深いため息をつく。
評価が二つに割れているのは珍しくないが、どういうことだろう。
「片方は、諸国の王をたぶらかして、その国を滅亡に追い込んだという傾国の美女。
こいつに惚れたが最後、どんな男も骨抜きだとかな。
その上、次々姿を変えるから人間じゃそいつとそれ以外の見分けがつかない。
下手すりゃ、年もごまかしてるかもな……。」
いわゆる、魔性の女というやつだろうか。
姿を変えるのは、魔法によるものであろう。
「じゃあ、どうやって化けてるって分かるの……?」
ぼそっと呟いたフィアスの一言は、見事に黙殺された。
竜の聴覚で聞こえていないわけはない。
「で、……もう片方は何なのや?」
すでに闇の力という段階で引いているリュフタが、
どこかげんなりした様子で続きを促す。
「もう片方はなー……その女が子供に目がないって噂だ。」
一行は、耳を疑った。
そして、一拍後意味を理解して驚愕した。
『えぇぇーーー!!!??』
有り得ねーとリトラは叫び、リュフタは頭の回線がショート。
アルテマはただ落ち着き無い様子を見せる。
ただ一人、フィアスだけが目がないってどういう意味?などとのん気な様子を見せていた。
ルージュは、収まるまで欠伸をしながら待っていた。
「それ、デマじゃねーのか〜?」
疑いの眼差しで、リトラが見ている。
「いや、あくまで噂だから真相はいまいち分からないがな……。
ただ、育てられたっていう奴らが種族を問わず多い。
そいつらは、口を揃えて『育ての親はシェリルって言う銀の目の女性』って言うからな。
これだけ意見が一致していれば、多分信憑性は高いと思うんだが……。
そいつらの一部が、その女から教わったって言う術も裏で広がってるしな。」
本当なら、なお信じがたい気もするのだが。
どこの世界に、男たらしの子供好きがいるのだ。
幻獣をやっているリュフタでさえ、聞いたことがない。
「うそ臭いな〜……。」
アルテマも、冷ややかな眼差しを送る。
彼女も全く信じていないようだ。
「ま、今ぐらい疑ってかかった方がいい。
魔神は魔界と魔族の王だ。魔族は、知っての通り悪魔と似たような性格と来てる。
その娘も、一国を傾けるような奴だからな。
平気でとんでもない嘘つくと思って間違いないだろう。
後者の噂は……忘れろ。」
そういって、ルージュは地図を丸めてジョセフに投げて返した。
「やっぱり、魔女だよ〜……。」
ぽそりとフィアスが呟いた。
隣のアルテマが、深く同意する。
ジョセフは、また仕事があるのかカウンターの奥で何か作業を始めた。
「つーか、じゃあ何で場所なんか教えたんだよ。」
脅かしておきながら、何故場所など教えたのだろう。
危険地帯を事前に教えるようなものなのか、他の思惑なのか。
「さあな……。ま、予備知識とでもしとけ。
まぁ、ここに居ても危険なだけだ。
怖いもの見たさに、行くのも面白いんじゃないのか?」
いまいち真意を見せないのは、
まだ雇ったばかりだから仕方ないだろう。
情報をくれただけでも、感謝するべきことなのだろうか。
「どうするの?」
フィアス自身はあまり行きたくなさそうな顔だ。
リュフタも、同じようなもの。
『う〜ん……』
年長者二人は、そろってしばし考えこむ。
が、あまり考えずにその洞窟に行くことに決めた。
考えるよりは、さっさと行動するに限る。たとえ、怖いもの見たさでも。
それにリトラは何よりも、召帝の手がかりを欲しているのだ。
手がかりがない場所に、いつまでも留まる気はない。
「なールージュ、そこの近くに村とか、どんな種族でもいいから何か住んでる所は?」
そう問うと、ルージュではなくジョセフが答える。
「山の東にある草原に、こっちの連中と仲が悪い遊牧民が住んでるぜ。
お前ら、あっちに行ったらミシディアの名前は出すんじゃねえぞ。」
さすがは土地の住人。詳しいことである。
本屋をやっているせいもあるのだろう。
「ありがとよ!んじゃ、行くか?」
リトラとアルテマが、立ち上がる。
「あ、待って!これ買う〜!」
慌てて、フィアスがジョセフの居るカウンターに走っていく。
「おじさん、これいくら?」
カウンターに届かないのに、一生懸命本を載せようとしている姿がいじらしい。
ジョセフが、ひょいとそれを受け取った。
「ん〜……痛みを含めて1200ギルってところだな。」
フィアスは、おもわぬ高額に半泣き。
だったら諦めればいいのだが、しばらくうなっていた末に自分の小さな財布から代金を取り出した。
「えっと……足りる、かな……?」
消え入りそうな声は、自身の無さの現われだ。
おまけに、財布の中身を全部出してしまっている。
もっともこれは計算が出来ないせいだが。
「え〜っと、1000,2000……2025ギルか。
んじゃ、お釣り825ギルな。ほれ、落とすんじゃねーぞ。」
わざわざカウンターから出てきて、かがんでフィアスの手におつりをしっかり握らせた。
さっきまで半泣きだったのが、嘘のような笑顔に変わる。
「うん、わかった〜!あ。」
早速、500ギル玉一枚落とした。
慌てて拾って、何とか他の硬貨も落とさずに財布に戻せたが。
「じゃ、おっさんまた今度な。」
ルージュが、店を出る手前でひらひらと手を振った。
「おう、またな!」
ジョセフが、威勢のいい返事を返す。
他のメンバーも軽い挨拶を交わし、一行は店を出た。
裏通りから表通りを見れば、なんとも騒がしいものだ。
さっきのミドガルズオルムの後始末に、おおわらわなのだろう。

次の目的地を目指すのは、吉と出るか、凶と出るか。



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……長い。5000文字オーバーしてました。
とりあえず、まあまあな調子でかけたかと。
ジョセフのおっさん、いい味出せたんですかねえ……?